大国主神(おおくにぬしのかみ)
「出雲神話の中核は、オオナムヂがさまざまな試練を克服してオオクニヌシとなり、葦原中国(あしはらのなかつくに)を統一して地上界の王者になった」との解釈が一般的ですが、そもそも「出雲神話」なるものはありません。
古事記神話に書かれている「古代出雲地方を舞台とした部分」を「出雲神話」というのであれば、他の地を舞台としている部分は○○神話と区別しなければなりません。
また、古事記のどこを読んでもオオクニヌシの王者たる活躍は書かれていません。国作りに不安を抱いて悩んだと書かれているだけですが、国譲りの最終場面で、高天原の軍神タケミカヅチが交渉の出雲側代表者として扱っていることから「大国主」がトップなんだと理解できる程度です。
彼は、高天原の要求に対する意志決定を、息子のコトシロヌシに委ねています。
つまり「大国主」は、国家存亡の判断ができなかった男ということになるのです。
ところが彼は、国譲りの代償として高天原のトップが住んでいるような立派な御殿建築を要求しています。でもその要求の仕方が不自然なのです。「提供してくれるなら、私は身を隠します」と言っているのです。
のちに出雲大社が造営され、出雲国造家が管理者となります。出雲国造家の祖先はアメノホヒ、つまりアマテラスの次男ですから高天原族です。
この経緯から考えますと、高天原族は出雲管理の拠点作りに「大国主」を利用したのかもしれません。でも表向きは『「大国主」から要求が出たので建物を提供した。本人は身を隠すと言ったが、ちゃんとお祭りしているよ』ということだったのかもしれません。
以上により私は、「大国主」に対して一般的に言われるほどに「統率者たる王」とのイメージが持てません。ですから『古事記外伝―イズモ・クロニクル―』では、人が良く真面目で一途に理想を追求するがトップとしての狡猾さを持たない男として描きました。
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山陰の地に今も残る古事記の舞台。現地を訪ね歩き、古老が語る伝承を丹念に拾い集めて紡ぎ出された壮大なストーリー。
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