古事記おじさんの『21世紀の視点で古事記を読む』【10】

―「古事記」を現存する最古の歴史書とする ―

これまで古事記・日本書紀が編纂された当時の国内・外の環境と、歴史書を編纂しなければならなかった必要性について、私なりの推論を述べました。
細かな点では数え切れないほどの色々な説がありますが、全体的な流れとしては大きな間違いはないと思っています。

また、付け加えておきますが、学問の世界では「古事記より日本書紀が先に書かれた」という説もあります。その根拠は、文字や表現方法の専門的な考察にあるようです。
ですが私は、あの時代に「日本文」と「外国文」で書かれた『歴史書が作られた事実』こそが重要なのであって、あとさきなどさしたる問題ではないと考えています。

とは言え私なりに敢えてどちらが先かを推測しますと、『古事記』が先となります。
当時の大和王権を取り巻く環境からすれば、編纂事業の責任者が「同時進行で検討しながら、物語形式の国内向け歴史書『古事記』を公表して反応を見よう」と考えるのが自然だと考えられるからです。
他方、国際社会に認められるように記録性を重視している『日本書紀』は、古事記を公表した頃にはほぼできあがっており、責任者は「古事記に対する国内反応を見た上で、修正・加筆・削除・誇張などの作業を経て完成させよう」と考えたであろうと推測します。
同時期に作業が行われたのですから、双方が影響し合っていて当然なのです。

更に付け足しとして説明しておきますが、古事記・日本書紀のあとに、両書に関係する解説・続編などの様々な物が書かれています。しかし後年の書物は、その時々の権力の影響を強く受けています。
現在の権力(=政治)社会でも、与党と野党では同じテーマに真逆の解釈がしょっちゅうなされています。ましてや何百年も前のこととなれば、何を信用して良いかさっぱり分からなくなります。ですから、後年の書物を鵜呑みにすることはできません。
以上により私は、日本の歴史の始まりを記すオリジナルを『古事記』とし、参考は『日本書紀』『先代旧事本紀』までとし、それ以外は参考の参考としています。

・・・つづく

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