古事記おじさんの『21世紀の視点で古事記を読む』【72】

―「神話部分」を読む ― 須佐之男命の大蛇退治 ②

爾問賜之汝等者誰。
(いましたちは、たれぞと、とひたまへば。)

(スサノヲが)「お前たちは誰だ。」と尋ねると、

故其老夫答言僕者国神、
(そのおきな あは、くにつかみ、)

大山津見神之子焉
(おほやまつみの神の、子なり。)

僕名謂足名椎。
(あが名は、あしなづち。)

名謂手名椎。
が名は、てなづち。)

櫛名田比賣。
むすめが名は、くしなだひめとまをすと、まをす。)

老夫が「私は国つ神(この地の者)です。オオヤマツミノの子で、名はアシナヅチ、妻の名はテナヅチ、娘の名はクシナダヒメといいます。」と答えた。

国神(くにつかみ)=高天原に住む神を天神(あまつかみ)と称するのに対して、この国の神をこのように言うのであって、天神に対して言う時にだけの称号。
ここでも天から来た神(スサノヲ)に対してそのように表現している。

足名椎・手名椎は、クシナダヒメを撫愛(なでいつく)しむという意味の名で、
足撫豆知(あしなでづち)手撫豆知(てなでづち)が縮まったもの。
これは、姫がスサノヲの妃になったことでその親に与えた尊称。

櫛名田比賣=櫛(くし)は奇(くし)で尊称。名田(なだ)は稲田(いなだ)で地名。

亦問汝哭由者何。
(また、いましのなくゆえは 何ぞと、問ひたまへば。)

また、泣いている理由を尋ねると、

答白言我之女者自本八稚女
(あがむすめは、もとよりやをとめ ありき。)

「私の娘は八人でしたが、」

八稚女=「八」は多いという意味で、八人ではなく何人も子供がいたということ。

高志八俣遠呂智毎年來喫
(ここに こしの やまたをろちなも、としごとに きて、くふなる。)

「高志のヤマタノオロチが毎年やって来て、連れ去ってしまいました。」

高志=地名。和名抄に、出雲ノ国神門ノ郡古志とある。
古志という地名の理由は、風土記に「河川工事に古志の国の者が来て堤を造った。彼らが住んでいた所」と書かれている。

「古志」は「越」で、現在の福井~富山県辺り

遠呂智(おろち)=大蛇(おろち)
(江戸時代、)小さく一般的なのを久知奈波(クチナワ)、やや大きいのを幣毘(ヘビ)、更に大きいのを宇波婆美(ウワバミ)、極めて大きいのを蛇(ジャ)といった。

今其可來時故泣。
(いまそれ きぬべき 時なるがゆえに、泣くとまをす。)

「今年もその時期が来たので、泣いております。」と答えた。

・・・つづく

※注:
青字 … 本居宣長『古事記伝』より
赤字 … 古事記おじさんの見解です。

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