―「神話部分」を読む ― 大国主神 ⑩ 根の堅州國 – 5 –
爾握其大神之髪。其室毎椽結著而。
（ここに その大神の み髪を 取りて、その むろやの たりきごとに ゆひ付けて、）
そこで（オホナムヂは）スサノヲの髪を部屋の垂木ごとに結び付け、
五百引石取塞其室戸。負其妻須勢理毘賣。
（いほびき岩を そのむろの 戸に 取りさへて、そのみめ スセリ姫を 負ひて、）
巨岩で部屋の戸を塞ぎ、妻であるスセリ姫を背負い、
即取持其大神之生大刀興生弓矢乃其天詔琴而。逃出之時。
（その大神の いくたち・いくゆみや、また その あめののりことを 取り持たして、逃げいでます時に、
スサノヲの太刀・弓矢と琴を持って逃げ出した時、
其天詔琴拂樹而地動鳴。
その あめののりこと 木に 触れて つち とどろきき。）
琴が木に触れて大音響が響いた。
詔琴（のりこと）＝この琴の名ではなく、琴の正式名。
名の語源だが、古より神に教えを願う時には必ず琴を弾き、神は琴に降臨して人に乗り移ってお告げを下された。
これにより「琴」という名は、「神の来て詔言（のりこと）し賜う所」という意味で付けられたものであり、元々は 能理許登（のりこと）と云った。
「琴」はこのように神代からあったことは言うまでもなく、ここで太刀弓矢と並べて書かれていることから考えれば、極めて重要な器財であることが分かる。
後に漢国から似たような楽器が渡来し、この国に元からあったものを倭琴（やまとごと）、渡来したものを唐琴（からこと）と云う。備前の国に唐琴という地名があることにより昔この名前があったと知った。
中昔まではこの倭琴が楽器の中の最上とされていたのも、我が国古来のものであったからだろう。ところが余りにも珍重されたことで秘匿され、知る人すらいなくなってしまった。貴重なものこそその存在を広く世に伝えておくべきだ。
この様に素晴らしい神代の物が忘れ去られたことは実に嘆かわしいと思うので、長々と述べた。ところでこの上代の琴は、木でも竹でも造ったようだ。
ここで太刀と弓矢と琴を持って逃げたのだが、太刀弓矢を使ったことはあとで書かれている。だがこの琴に関する記述は無く、持ち出した理由が分からない。
この点を色々考えてみたのだが、上代には結婚に際して女の親から婿に必ず琴を与え、それを夫婦の契（しるし）としたことによるのではないだろうか。確かな根拠はないのだが、（琴に）吾妻（あづま）という名があるのも上の理由によるものと思う。
ここで琴を持ち出したのは、スセリ姫を妻とする証とするためであった。
だからあとの 其我之女須世理毘賣爲嫡妻而（そのあが娘 スセリ姫を むかひめとして）のところでこの詔琴（のりこと）が用いられることを暗示しているのであろう。
ところで夫婦の仲を絶つ時は、証である琴を女の方に返せばいい。
黄泉の段で、女男神各對立而度事戸（めをのかみ あひ向き立たして ことどを渡す）とあったのも、証の琴（コト）＝許登（コト）＝許登杼（コトド）＝事戸（コトド）
を女神に返したと云う意味であったのだろう。
駆け落ちするのに「琴」を盗んだ理由は「神の声を聞くためと正妻の必需品」だったのです。
この琴に絡めて、宣長は島根県にある琴引山を紹介しています。
この山の窟の中に大国主の琴があるとの出雲風土記の一文です。
長さ七尺・幅三尺・厚さ一尺五寸と書かれています。
今の寸法にすれば 207.9ｃｍ × 89.1ｃｍ × 44.55ｃｍ ですから巨大な琴です。
宣長は、「イザナギ・イザナミの『黄泉の国の段』と、大国主の『根の国訪問の段』は、関連している」と述べています。
イザナギは、根の国に行ったイザナミを「国作りを完成させよう」と連れ戻しに行きました。しかし結果として、離縁することになりました。
離縁を意味するのが「度事戸（ことどをわたす）」。
つまり「婚姻の証であった『琴』を女に返した」です。
宣長は、「イザナギ・イザナミの時代に実際に『琴』のやり取りは無かっただろうが、離縁を告げる言葉はあり、それを“度事戸”として語り伝えたのであろう」と述べています。
これにより国作り事業は、未完状態のままでした。
これを完成させるのがオオナムチ＝大国主です。
事後承諾とはいえスサノヲの『琴』を得たことで、スセリ姫が正妻となりました。
これによりオオナムチ＝大国主が、イザナギが離縁したためにできなかった『国作り』の『正当な後継者と証明された』としているのです。
・・・つづく
※注：
青字 … 本居宣長『古事記伝』より
赤字 … 古事記おじさんの見解です。
